今日、九州は「台風一過」の日です。子供の頃ずっと「台風一家」と思いってました。。。。家族連れです。そりゃー勢力は強くなりそうでしょ。。。。今、こうやってエッセイを書いている側で、窓にかけられたグレーの厚地のカーテンが、いつもより勢いが強い夜風の指導のもと、過激にダンスを踊ってます。台風と言えば、先週アメリカ南部を襲った『カトリーナ』に関連するニュースが入ってきますが、ニューオーリンズ、ガルフポート、ビロクシの地域は、僕が留学していた頃に、日本の大学時代の友人が英語もままならないのに、当時住んでいたアーカンソーに単身やって来てくれて、一緒に旅行した思い出の地。見る影も残さない町を見ると正直心が痛みます。今回の災害でのアメリカ政府への対応への批判が国内外でありますが、今どんなに批判をしようとも、前へは進めないと思います。教訓というものは、過去のものになってから初めて学ぶものになるのに、学ぶべきものが、現在進行形にある時点で批判を繰り返すのは全く的を外れているのではないかと、個人的に思います。
あと、この件に関しまして、日本のロルファーの方で、John Scheweというニューオーリンズからやって来たロルフィングの講師をご存知の方がいらっしゃると思います。彼は、この難を逃れて、ジョージア州アトランタの親類の元に身を寄せており、無事だという報告が入っています。
さて、長い前置きになりましたが、皆さん「ボディーワーク」ってご存知でしょうか?これは、辞書にも載っていない造語になります。ですから、この言葉を僕個人の解釈を踏まえ、僕個人が定義する内容に基づいてご説明させていただきたいと思います。まず、はじめに僕個人の「ボディーワーク」の定義ですが、以下のようになりました。
ボディーワーク:施術者が明確な意図のもと、主に手技を用いながら、施術者・受け手の適切な相関を通して受け手の日常生活の質の向上を目的とした業務
これは、分類的にいうとサブカルチャーに属します。医聖と呼ばれたピポクラテスが、その著書の中で「マッサージや手技療法の使用」について肯定的に言及したように、古代より手技を用いた癒し業は行われてきました。が、集合的に分野として認知・扱われはじめたのは、ごく最近の事です。また、法律という形や、過去の歴史という要素もボディーワークを人々にとって非常に認知しにくいものとしています。
ここで、法律に関して焦点を当てますと、例えば、皆さん、「整体」と「接骨院」の違いはご存知でしょうか?一度、どちらにも行かれた事がある方ならおわかりだと思いますが、一番の大きな違いは、整体では「国民保険が使えず」、接骨院では「国民保険が使える」といったことではないでしょうか。法律の定義上どちらも「医療類似行為」になりますが、「整体」は国家資格ではないため開業時に保健所への届け出が必要ない「無届医療類似行為」となり、「接骨院」は、柔道整復士という国家資格のもと開業しているので、開業時に保健所への届け出が必要となる「届出医療類似行為」となるのです。上記の僕の定義ではどちらも「ボディーワーク」になるのですが、法律において所属する分野が異なってきます。ですから、たとえ同じ手技を行ったとしても、有国家資格者が行うものと、国家資格者がない者が行うとでは、まるで扱いが異なってきます。
更に、歴史はこの状況を複雑化します。明治維新が終結するまでは、「あはき」として知られる「あんま」・「はり」・「きゅう」は医学のメインストリームを走っていましたが、社会の急激な西洋化によってこれらの療法は地位を失墜させられました。しかし、第二次大戦後に徐々に地位を回復し始めていまでは、世間的な認識も上がり、国家資格にもなりました。これらの療法も僕の上記の定義ではボディーワークになりますが、歴史のなかで地位や認識が振り回されていたのです。
これらの事情がもたらした状況のもと、現代ではボディーワークが非常に認識されにくい、正体が見えにくいものになっています。しかし、暗いニュースだけでは、ありません。現代において、人々の健康への意識の高まり、男女を問わず美への飽くなき追求、また健康な老後を迎えようとする人たちの体に対するケア意欲の向上など、今の人たちは、より健康でより美しく、質の高い生活を送りたい、と願いっています。その中で、一部の人たちからボディーワークが、今までになかったサブカルチャー的なものとして注目されてきています。これは、ボディーワーカーにとっては、確たる必要な行動を起こすべき時期ではないでしょうか。
僕が、I.S.E.を設立した目的は、「ボディーワークが文化として認識される事」にあります。僕らは、決して西洋医学をはじめとする医療行為やその他の届出医療類似行為にとって変われるものではありませんし、とって変わる事が目的ではありません。それよりも、僕が望むのは、体の不調を訴える人が安心して訪れることができるオプション(選択肢)をより多く提供できる環境をつくり、体調不良や痛みのため行き場のない不安や精神的な疲労に苛まれる人を一人でも少なくしていく事です。そして、ボディーワークがそのオプションのひとつとして、安心して、安全に訪問できるものになってほしいのです。現在、現代医学が日進月歩の発展をつづけているにもかかわらず、病気や機能的な疾患は無くなる気配すらなく、むしろ増加しているのではないかと思わせます。僕が考える主な原因は以下の3つです:
1。医学の進歩が予想していた方向に、現代の社会生活が変遷しなかった
2。「平成の文明開化」(これについては後日別エッセイで説明いたします)が予想以上の速度で進み、人々の体がその変化に十分に対応する期間がなかった
3。人々の健康・体の管理に対する認識の遅れ
原因は、過去にありますので教訓として学び、今後の未来に何が出来るかを考えるのが最善の策ではないでしょうか。そして、僕がボディーワーカーとして出来る事は「I.S.E.にこられた皆様にワークを行う」、そして「教育・意識改革を促す」ことだと思います。もし、僕の推測が正しければ、ボディーワークが人々に対して出来る事があるのではないかと思います。
その思い現実化していき、活動を開始する為に、2年後をめどに「九州ボディーワーク協会」なるグループを設立いたしたしたい所存です。設立目的や具体的活動は以下になります。これらの目的を同じような考えをお持ち同志のとともに達成していければと思います。:
目的:
1−九州において、ボディーワークの社会的な認識の向上
2−九州におてい、人々が安心してボディーワークがうけられる環境づくり
3−九州において、ボディーワークを「文化」にする
活動:
1−ボディーワークの分野内での法的・資格整理・分別・研究・安全性の検証
2−ボディーワーカー、その他の分野との相互交流・理解
3−対外的なボディーワークの紹介
4−ワークショップの開催
5−海外のボディーワークに関連する書籍の翻訳・紹介
6−ボディワークの定義の作成
以上です。
「九州ボディーワーク協会」設立に関してまた、設立に向けた話し合いの呼びかけをこのホームページで後日行いたいと思います。基本的には、ボディーワーカーに限らず、どなた様でもボディーワークに興味を持ち、ボディーワークの発展を望む方であればどなたでもご参加いただけます。
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